ビタミンキャンドル教室コンセプト@沖縄|心豊かに生きるために。


ビタミンキャンドルとは

 

沖縄中部エリア読谷(よみたん)に位置する、キャンドル教室&ワークショップ工房ビタミンキャンドル。

現在は、キャンドルの制作・販売のほかワークショップ・体験教室、キャンドルの学校:キャンドル教室を運営しています。 

 

私たちは、”ビタミンキャンドル”という名前の通り

ここから生み出す商品やサービスが、多くの方を元気にするサプリメントになりますように。

という想いで「生き方の提案」をしています。

 

そのもとには、「心豊かに生きるために」という理念があります。

多くの方が心豊かに生きながら大切なものを大切にし、

お互いを補完しあうつながりを作っていけたらきっと素敵な未来にもつながる、そんな風に考えてます。

 

だから地球にも・身体にもやさしい植物素材のワックスにこだわっています。

自分のこと・家族のこと・社会のこと・未来のことを幸せにできる、そんな生き方ができますように。

 

これが私たちの理念とコンセプトです。

 

そんなビタミンキャンドル。

誕生までのエピソード&講師紹介、このあと長く書きつづってみましたので良かったらご一読ください。

 

起業するということ

 

はじめまして。ビタミンキャンドル代表上原順子(うえはらじゅんこ)です。

 

私は1974年長野県生まれ。

小学校のとき、父親の事業が倒産。長野から東京へ移住。

 

いじめ問題・借金&倒産問題・介護・体の故障(病気)・親の離婚問題、、、いろいろ経験した濃い濃い幼少時代を送ってきました。

 

「ドラマに出てきそうだねぇ」とそれ以外のコメントはしずらいような笑 そんな経験をして

 

私は絶対お金持ちになって母さんを幸せにする!

そして絶対自営業の人とは結婚しない!

 

こんな風に中学の時に自分自身堅く誓ったことを覚えてます。

それでそのときの夢が「スチュワーデス」。

 

だから、スチュワーデスになる就職率が一番高い大学をピックアップして、そこに進学することだけを目指して頑張りました。

 

そんな学校には進学できたものの、、、

まさかのバブル崩壊&しばらく採用凍結。

 

で、スチュワーデスになる、という道だけで進んできたのに諦めて

地元のバブルの名残がまだある建築関係の人事として入社したのが社会人スタートでした。

 

起業するということ(2)

 

挫折感満載の社会人スタートでしたが、私の目標はあくまでも「金持ちになる」ということだったので笑

 

ある意味、その新卒で入った会社いっぱい稼げて一段階目クリア。笑

 

なぜなら、そのバブルのなごりのある企業はかなりのブラック企業でめちゃくちゃ残業させるから。

がしかし、無茶な会社だったのでバブルの名残もはじけて数年後に倒産!

びっくりです。

 

それが結果としてはずみになり

そのあとは数年おきにキャリアアップを目指して転職をし続けました。

 

で、私の学歴では入れるはずもない、外資系企業に、人事のコンサルタントとしてお世話になるチャンスを得て

ここでも死にそうになるぐらい働きました。

 

朝早くから、夜中まで。

やったこともない仕事・外人だらけの仕事環境・英語漬けの日々・賢い人たちの中で会話についていけそうもない気持ちになりながら必死も必死で。

 

そのうちに味覚障害・めまい・動機・息切れ・婦人系のトラブル症状・不眠・過呼吸発作・パニック症、、、、ありとあらゆる体の悲鳴症状が現れてその辺で倒れることもしばしばの、自分自身を維持できないような、そんなところまでいきました。

 

なんだか、生きている意味さえもわからなくなって、毎日朝が来るのが苦しくて苦しくて仕方なかった、そんなことを鮮明に覚えてます。

 

 

ある程度、きっと女子としては稼げるキャリアウーマン。ってところまで行ったはずなのにちっとも幸せじゃない、どころか身も心もボロボロ。というありさまでした。

 

起業するということ(3)

 

生きていくのも働くのも苦しくてどうにもならなくなったある日。

 

その当時務めていた企業の同期生が数名、同じタイミングに「起業」していったんです。

それはというと、その年に、「有限会社」という事業の形が最後になり、「株式会社」が資本金1円から起業できる、という大きな時代の変化があった年だったからでした。

 

私には「起業」なんていうキーワードが全く存在してなかったわけですが。

起業していった人たちが久々に同期会で会うと本当にキラキラしてて、あんなに一緒に会社の文句を言ってた人がこんなに変わるんだ、仕事が楽しくなれるんだ!という衝撃と、「順子も起業すれば?」という思いもしなかった言葉をもらって「え??????」と頭いっぱいにクエスチョンになったのが私の「起業」に至るきっかけでした。

 

私は自営業の人とは結婚しない!と決めてその当時サラリーマンの人と結婚してたわけですがまさか、自分が「起業」なんていうことはさらにさらに、考えたこともないコトだったのであんなにショッキングに心動かされた一言はそうそうないだろうというほどの衝撃だったんですね。

 

それから「私が起業?」と考え始めて

 

そもそも働くのが究極苦しくて、生きているのさえも苦しくて、それなら「起業」して働けば自分らしい働き方とか生き方ができるんじゃないか。

 

そんな風にそのうちに思うようになって

2004年起業しました。

 

目指すは、女子として無茶しない働き方でお金持ちになる!に変わりました。

 

自分らしく働く・自分らしく生きるということ

 

ここからが起業人生がスタートで。

 

でも、だめだめでした。

あたりまえに全然稼げない。事業モデルさえもちゃんと作れないのにひとまず動き暴れてみて笑 もちろんどうにもならない。

結局、以前勤めていた会社の社長とマネージャーに助けてもらいました。

人事の仕事をアライアンス企業として発注してくれたのでした。

 

自分はもっと力があるって、大きな会社にいたから勘違いしちゃってたんですね。

 

ぐだぐだのダメダメで、ハードワークしてた時と理由は違えど、「私ってほんと価値がない。私には無理なんだ。」となんど嘆いたことだろうか。

 

でも嘆いていまやってることを捨てたら私には行き場所がない。

 

根性だけは幼少期の経験で得られてたので、根性で続けました。

大きな借り入れを必要な事業ではなかったことが救いでしたね。

 

ようやく2008年ぐらいだったか、仲間と仕事ができるようになり、ひとりではまかないきれないほどの仕事をいただきました。

 

そして2010年には起業を目指す女子のコミュニティ「ティンクルラボ」を立ち上げ、起業支援や働き方の新しい仕組み作りが始まりました。

 

起業塾の開催や、講演会のお仕事、人事コンサルタントとしてのお仕事、と、自分がやりたい仕事をようやく得られはじめていたんですね。

 

ただ、、、それでもなんだか、いつも心が満たされないというのか、

何かが乾いているような、

なんとも自分でも整理できない感覚が胸の中にいつもいつもありました。

 

そんな矢先、2011年3月11日。

東日本大震災。

 

横浜で仕事してた帰りに地震に合い、11時間かけて歩いて自宅に帰りました。

 

自分らしく働く・自分らしく生きるということ

地震の翌日から、それまで全く余裕がないほどの忙しさだった仕事案件が1か月全部止まり。

東北の方々が困っているときに私は自分の仕事さえもなくなり必要とされていないという現状を痛く感じて。

 

福島の方たちはあんなにお互いを助け合って生きようとしているのに東京はというと、自分たちの買い占めや

今の混とんとした状態を、前の日常に戻ろうとすることばかりを考えてる。という違和感。

 

ここから何かを学ばず、そのまま元に戻っていいんだろうか、って本気に考えました。

 

結果、翌年に沖縄に移住。

 

いままでの自分は、自分のため、自分の家族のためだけに頑張ってきました。

そこに違和感を感じ始めたのが後半で、2011年の震災でそこに気づかせてもらって。

 

自分の時間をもっとその土地のためとか、周囲の方のためとか、もっといえば社会のためとかに役立てて生きていきたい。

 

そんなことを本気で思っての移住でした。

 

沖縄で暮らし始めた時間は、知り合いも誰もいなかったので決して楽ではないし、それこそ稼げるようになるまでにだいぶの月日がかかりましたが自然は近くにあるし、少しずつ仲間も作っていくことができてあったかい人たちに囲まれて考え方が本当に大きく変わりました。

 

ようやく「自分らしく生きる」という自分に出会えた感じでした。

 

この時点で、起業してから10年弱。

仕事はコンサルタント。

 

震災の時に衝撃を得た、「役立つ自分」ってどうゆうことだろう。という問いはまだまだ消えずにいました。

沖縄である程度会社としても稼げるようになったあるとき、そのもやもやが爆発しちゃったんですね。笑

 

それで友人と旅に出ました。

その旅先で出会ったのが、キャンドルだったんです。

 

キャンドルに行きつくまでの説明、、、長かったですねー。よくぞここまで読んでくださいました。笑

 

 

キャンドルを手作りするということ。

 

キャンドルを見た途端、これだ!!!と思いました。

 

人事のコンサルタントをしてきて、いろんな職種・働き方・役職・価値観と触れながらも、
これからの時代はもっともっと働き方が変わってきて、きっと自由業という人たちばかりになる。

というより、自分で稼ぐ力がないと生きていけない時代になるかもしれない。

 

会社に雇われて会社の文句を言ってお給料をもらうという働き方に甘えているのではなく誰もが価値観を変えていかなくちゃならないんじゃないかってこの起業してからの10年間ずっと思ってたんですね。

 

 

だから、私は「ワークシェア」という働き方ができる仕事環境を生み出したい。

というテーマを持って探していたんです。

 

 

誰でも社長になれるわけじゃないけど仕事に誇りをもって自分だけの仕事を作っていく方法=「ワークシェア」という新しい働き方。

 

 

幸せの象徴ともいえるキャンドルの事業を作ったら、その仕組みを作れるんじゃないか?!

そんなことを思って「これだ!」と思った翌日から動き出しました。笑

 

そして突っ走ること数年。

 

キャンドルに出会って、想いを伝え歩いていたら一緒に働いてくれる人にも出会って。

相変わらずすぐ落ち込んだり、自暴自棄にもなることもありながら笑、なんとか根性で進んできている私を支えてくれる人たちがいてくれて。

 

そして、今もキャンドルを作り続けていれてるってことが本当に感謝しかありませんが。

 

キャンドルをお仕事にするといこと・キャンドルで起業するということ

 

キャンドルでお仕事するということ・起業するということの1つ目の変化は!

私の悪くなり過ぎていた身体さえも癒してくれました。

 

1-2か月に一度は高熱出したり、扁桃腺をはらせたり、変わらず弱っていた私が、1年に一度も風邪をひかない。ぐらいにまでなってます。

毎日灯す習慣に変わったことも体の状態に大きく影響しているんだと思います。

 

 

何年か前に、生きることさえも苦しくなったあのときの私に持っていってあげたいぐらいです。

 

あの時の経験があったから、働き方の革命・ヒトの心や体を整えるアイテム=「キャンドル」ということにつながったんだろうと思います。

 

 

それと大きな変化のもう一つは。

スーツを着ることがなくなったということ!

 

鎧(よろい)のようなスーツを着るということは私にとって戦闘態勢に入っているような感じで。

常に戦闘態勢にいるから、自分が疲れちゃって、自分が自分らしくいれないんだろうと思っていて。

 

だから沖縄に来てからはコンサルの仕事しても極力スーツを付けずにこだわってきましたが

「天然素材のキャンドル屋さん」

まったくスーツとは無縁です。笑

 

むしろ着てたらびっくりされちゃう。

 

キャンドルで自分らしく働くということ<まとめ>

 

キャンドルというアイテムは、人を癒してくれるだけでなく、エコの象徴でもあり地球環境にもやさしい。そして、大きな魅力は「人をつなげてくれる力がある」ということだと思ってます。

 

地域や環境のことを考えて開催したキャンドルナイト。

多くの方と出会え私の財産です。

 

これからもビタミンキャンドルでは、キャンドルをツールにもっと社会貢献できる活動を広げていきます。そして私のミッションでもある、働き方の革命はこれからも継続して進化中。

 

そして、キャンドル教室に通ってくれる生徒さんたちともっともっとキャンドルの魅力を一緒に伝えていけると信じているので仲間を増やしていく気持ちでキャンドル教室&販売支援を今まで以上に楽しんで関わって行けたらと思っています。

 

波に飲み込まれそうになりながらもなんとか波乗りし続けてきた私でお伝えできることは、出し惜しみなくお渡ししていきたいと思います^^

 

出会えることを楽しみにしています。